かつて笹川良一というオジサンがいてテレビのCMで「人類みな兄弟」と言った。それでいて同時に「戸締まり用心」などといっているので訳が分からなくなった。
一体、他人や異民族に対してそんなに楽観的でいれるものなのか、不思議に思う。
たとえば、聴覚というごく普遍的な、生理現象にしても、文化によって随分と違うのである。日本人は食事をするとき、音に対して寛大というか、全く気にしない。それどころか音をたてて食ぺなければ落ち着かない。これが多くの外国人にとって堪えられないものであるらしい。これはどうもマナー以前の問題で、生理的に拒絶されるものなのだ。僕らがガラスを発泡スチロールでこすった時の音を嫌がるのと、ほぼおなじ感覚のようだ。
ドナルド・キーンの『声の残り 私の文壇交遊録』(朝日文庫)にはキーンが『麦と兵隊』の火野葦平をニューヨークのフランスレストランに案内した時の話が出ている。火野が持っていた大きな手拭には赤と青で河童の絵が描いてあって、それだけで恥ずかしいのに、フランス語のメニューを全部訳せ、とか注文の変更をした後、届いたスープを「ナイアガラの滝音にも負けぬくらい」の音を立てて啜ったという。これは一つのポーズ、つまり、日本の「単純素朴な一庶民の役どころわざと演じて、自作に登場する兵隊を地でいこうとした」のだとキーンは考える。
全然関係ないが、子どもたちが小さい頃、一流レストランで食べる羽目になってしまい、子どもたちが騒ぎ始めたのだが、大きな声で注意もできず、生きた心地がしなかったのを思い出した。ドナルド・キーンもそんな気持ちだったに違いない。
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外国人と一緒にラーメンを食べることがあるが、何だか奇妙なのだ。そのうち、それが相手の食べ方のせいだと分かる。まったく音をたてすにラーメンをすすっている。うまそうな音を出さずに食べて本当のおいしさが分かるはずもないと思えるし、第一、食べようがない。それに倍の時間かかかる(寿司にしろ、納豆にしろ日本料理は出来た瞬間が物をいうのだ)。
つまり、日本人は音まで食べているのだ。麺類のほかにも、「ぱりぱり」とかむ漬物、「ばりばり」とかじるかきもち、「さらさら」と流し込むお茶漬けなど、日本には音の文化がある。ただ、最近では洋風の食事が広がってきたことから、ご飯や漬物、米菓などをあまり食べない若者が増えて音の賞味もだんだん日本人から遠ざかっていくような気がしてならない。
音がなくては、味が半減してしまう。これを知っている日本びいきの外国人は日本にきてから音を出す練習をする。ただ、結構難しいものらしい。
もっとも、伊丹十三監督のラーメン・ウェスタン『タンポポ』で作法教室の先生・岡田茉莉子がレストランでスパゲティの食べ方を生徒に教える。もちろん「音をたてないように」だ。と、近くで大きな音がする。見ると、イタリア人が豪快にずるずるかき込んでいた。品は良くないがおいしそうだった。
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そんな話から「食事の音は気にするのに鼻をかむチーンというのを気にしないなんておかしい」とワルシャワ大学からの留学生のロムアルド・フシチャ君【後にワルシャワ大学教授】にいったことがある。
彼は反論して、ポーランドで鼻をチーンとかむのはやはり不作法だといいだした
一緒にいたドイツ経験の長い桜井さんが「いや、ドイツではコンサートの最中でも大きな音でチーンとやる〕と切り返した。フシチャ君はドイツみたいなところは知らないが、とにかくポーランドでは恥ずかしいことなのだ、と言い張った。
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この疑問が氷解したのは随分あとのことである。岩城宏之『棒振りの休日』の中に「ドイツ風鼻のかみかた」という話がのっていた。ある留学生がカゼをひいてコンサートに行った時の話だ。
「横の席にデブデブのドイツじゃがいもパパアが座ってやがってさあ。始まって二、三曲たったらいきなりハンドバッグからクリネックスを二枚ひっぱり出して、手真似でオレに鼻をかめ、とよこしやがったんだ。とっさのことだったし、歌と歌との短い合間だったから、オレはそっと鼻をかんだんだ。それだけでも失礼きわまりないのに、パパア、もっと強くかめ、強く、強くと、手真似どころしやない、顔真似、鼻真似をしやがるのよ……」
という具合にその日本人はドイツを嫌いになってしまうのだ。つまり、ドイツのお婆さんにとってチーンという大きな音は気にならないのだが、クスンクスンと鼻をならすのがたまらなかったのである。ビーとかプワーッというのはドイツ人にとって存在しない音であり、むしろ喧しく出さない方の音に罪悪感があるのだ。
別の機会に岩城が放送録音をしたとき、コントラバスの誰かのプワーッという音がテーブに入っていてノイズだかちやり直そうといったら「ああ、これか、これは鼻をかむ音だからいいんです。放送に出してもなんてことはありません」とあっさり断われたという。しかしながら、岩城の経験ではポーランドではコンサートの最中にビーッは聞こえてこないというから、ヨーロッパを一緒くたにして考えるのは悪しき欧米崇拝の影響である。
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どうでもいいけど、あのハンカチはどうなるのだろう。どうも汚ならしくてみえてならない。旅行中の紳士はホテルに帰ってからあのハンカチを一人で洗面器にいれて洗うのだろうか。何だかひどく寂しい風景である。ハンカチも汚ないが、それを入れるポケットも何だか汚ならしくみえてきてしょうがない。まあ、風呂とトイレを一緒にしたり、オシメを便器で洗う文化なのだから本当に厭になる。
一度、イギリスのダイアナ妃がまだスペンサー嬢だった頃のインタビューを聞いたことがある。舌打ちをよくするのだ。僕は「チェッこの程度の女か」と思わず舌打ちをしてしまった。
日本で女の子があんなことをしたら、はしたないと、とがめられるのがオチだ。大体、日本のミッチー(美智子様)は鼻濁音ができないと池田弥三郎に指摘され、慌ててレッスンを受けたことがあった。どうも英国人は舌打ち音を気にしないらしい。いやむしろ日本人の方が特殊なのかもしれない。ベトナム人は感動すると舌打ちをするというし、いわゆる吸着音(click)という舌打ち音が音素として十二種類もあるブッシュマンたち(コイ・サン語族)は会話のしようもなくなる。
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日本人は「シーン」などと沈黙なども音にして楽しんでいる。歌舞伎では大太鼓の音でドン、ドン、ドンと低く静かに響かせれば「雪」の表現になる。以前は関東では早く打つ粉雪、関西ではややゆっくりで大粒の感じと、東西で違っていたともいう。
歌舞伎におけるこうした擬音効果を鳴物(なりもの)といって「鳴物入り」というと大げさな宣伝のことをいうようになった。下座音楽(「げざ」といってオーケストラ!)の三味線以外の楽器で、それを用いた囃子(はやし)。大鼓・小鼓・太鼓・笛の四拍子と大太鼓を中心に大拍子(だいびようし)・本釣り鐘・銅鑼(どら)・チャッパ・駅路などの補助楽器がある。
近くに山があることを感じさせる「ドロン、ドンドンドン」という山おろしの音や、ご存知、お化けが出てくるときの「ドロドロドロ」など、大太鼓ひとつでも創意工夫が多数あるという。
お化けのドロドロにも、基本型のほか、幽霊がうらみごとを言う場面などに使われる「薄ドロ」、退散場面などに使う「大ドロ」があるというから奥が深い。
そして、その伝統は日本の漫画にもしっかりと伝えられていて、日本人は音が好きな民族なのである。
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日本人はたいそう虫の音が好きで、秋の夜長を楽しむ。これに対して、欧米人は虫の音を楽しまない。映画『ラストエンペラー』で晩年の溥儀が故宮で子供のころ隠したコオロギを見つける幻想的シーンがある。鳴き声を楽しむのかと思っていたが、中国人はコオロギ相撲が好きだったのだ(瀬川千秋『闘蟋(とうしつ)−−中国のコオロギ文化』大修館書店)。余談だが、試合の前に交尾させると雄が強くなるという。雌コオロギにも「あげまん」やその反対がいるそうだ。
つまり、音が直接楽しめないのだ。スズムシとかコオロギとか、日本人が容易に聞き分ける音が全て単なる雑音にしか間こえない。例えば、池田摩耶子の『日本語再発見』(三省堂新書)では川端の『山の音』の一節「八月の十日前だが、虫が鳴いている」というのをアメリカの学生に分からせるのはどんなに大変かという話が出てくるし、藤原正彦『古風堂々数学者』(講談社)には滞在した米国人教授が「あのノイズ(雑音)は何かね」と聞いたという話が載っている。
ただし、小泉八雲はツクツクボウシの泣き声を「鳥の歌そっくりの歌いぶり」とどこかで書いていたし、「草ひばり」(平川祐弘編『日本の心』講談社学術文庫)は小さな虫の小さな運命に心を寄せた文章になっている。小さな鈴をかすかに震わせたように「フィリリリリ」と鳴くクサヒバリは、体長わずか1センチに満たない小さなコオロギの仲間である。朝や昼、とくに早朝に強く鳴くことから朝鈴との異名もある。だが、八雲が飼っていたクサヒバリは日が沈むころに鳴き始め、一晩中鳴き続けた。虫売り商人にはクサヒバリは9月の下旬には死ぬといわれたが、書斎をストーブで暖めると11月になってもまだ鳴いていたという。結局のところクサヒバリは使用人の手違いで餓死するが、小さな虫は自分の足を食べながら死の前夜も歌い続けていた。「虫の演奏家」(『日本の心』)では、虫売りの歴史から秋の虫の種類、虫の調べを詠んだ詩歌の数々を紹介し、虫たちの声と共鳴し合う日本人の繊細な心の営みに深い共感を示した。鳴く虫を売買する「虫屋」という商売があることにも興味をおぼえ、虫の値段を調べあげた。虫の音を鑑賞する習慣のない西洋人は、美的感受性が未発達であるとまで言っている。八雲はそれらを詩人の営みと重ね合わせて書いたのだ。
小泉節子の『思ひ出の記』にはマツムシの音を楽しんだという話が出てくる。
ヘルンは蟲の音を聞くことが好きでありました。この秋、松蟲を飼つて居ました。九月の末のことですから、松蟲が夕方近く、切れ切れに、少し声を枯らして鳴いて居ますのが、常になく物哀れに感じさせました。私は「あの音を何と聞きますか」と、ヘルンに尋ねますと「あの小さいの蟲、よき音して、鳴いてくれました。私なんぼ喜びました。しかし、段々寒くなつて来ました。知つて居ますか、知つて居ませぬか、直に死なねばならぬと云ふ事を。気の毒ですね、可哀相な蟲」と淋しさうに申しまして「この頃の温い日に、草むらの中にそつと放してやりませう」と私と約束致しました。
桜の花の返り咲き、長い旅の夢、松蟲は皆何かへルンの死ぬ知らせであったような気が致しまして、これを思うと、今も悲しさにたえません。
鳥の声にしても同様で、日本人は「聞きなし」といってホオジロが「一筆啓上仕り候」とか、地方によって「源平つつじ白つつじ」、ウグイスなら「ホウホケキョ」とか鳴いてるように聞く(「ス」は鳥の意味で「ウグイ」は泣き声だという語源説がある)。ホトトギスの「てっぺんかけたか、特許許可局」も有名だし、焼酎のコマーシャルで知られるようなったのがセンダイムシクイの「焼酎一杯グイー」。フクロウは「五郎助奉公、ボロ着て奉公」、オオヨシキリは「仰々しい、仰々しい」、メジロは「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」、コジュケイは「ちょっと来い、ちょっと来い」、ツバメは「土食って虫食ってしぶーい」、ジュウイチは「慈悲心」、イカルは「お菊二四、四六二十四」、エゾセンニュウは「錠ピンかけたか」と鳴くことが知られている。
更に、コノハズクが「ブッポウーソー」と鳴くのは「仏法僧」を表しているとか、九州筑紫の人が長い旅に出たところ、途中で病気になり死に、その霊がセミになって「筑紫恋し、筑紫恋し」と鳴いた。それがツクツクボウシ、という話が生まれてくる。「美し、美し」と聞いた人もいれば、「つくづく惜し」と聞いた人もいれば、「つくづく憂し」と聞いた人もいる。クマゼミは「然(し)か然(し)か」、ミンミンゼミは「見う見う(会いたい会いたい)」という人もいる。
煮えた豆の声が聞こえることもある。『徒然草』第六十九段には性空上人【しょうくうしょうにん】の次のような話が出てくる。
書写の上人は、法華読誦【ホツケドクジユ】の功積りて、六根浄にかなへる人なりけり。旅の仮屋に立ち入られけるに、豆の殻を焚きて豆を煮ける音のつぶつぶと鳴るを聞き給ひければ、「疎からぬ己れらしも、恨めしく、我をば煮て、辛き目を見するものかな」と言ひけり。焚かるゝ豆殻のばらばらと鳴る音は、「我が心よりすることかは。焼かるゝはいかばかり堪へ難けれども、力なき事なり。かくな恨み給ひそ」とぞ聞えける。
これは何も日本人が自然傾斜しているからばかりでないことが、最近ようやく分かってきた。日本人は動物の声も自然の音も全て言語と同じ左半球で受谷しているのであるが、外国人は情緒に考えられる泣き、笑い、歎き、母音などの人の声や動物の声などを雑音と同じ右半球で処理している。このような大脳半球の働きの違いが日本人の感じかたを外国人と異なるものにしているという説が角田忠信によって唱えられてきた(グロータース神父など一部の批判がある)。だから日本語には擬声語、擬態語が発達したんだという短絡した説を出す人もいるが、韓国人は日本人とは処理する半球が違うのに韓国語は日本語と同様に擬声語、擬態語が大変に発達しているから一概には言えないのである。
小泉八雲は目が悪かったこともあって音に敏感だった。最初に泊まった松江の大橋川端の旅館で、夜明けとともに聞こえてくる橋を渡る下駄の音が、ハーンにこの東洋の神秘の国を忘れがたくさせた。「kara koro」と「足早で、楽しくて、音楽的で、大舞踏会の音響にも似ている」(『神々の国の首都』)と書いている。外国人には音が分からないなどということはなさそうだ。
実際に、チェリストのパブロ・カザルスは1971年の国連演説で「カタルーニャの小鳥たちはピース、ピースと鳴きます」と語った。カザルスが好み、自ら編曲もしている「鳥の歌」はスペイン北東部カタルーニャ地方に伝わるクリスマスの祝い歌で、いつも、祖国スペイン、とりわけ生地・カタルーニャ地方への、カザルスの熱き思いとともにあった。
真実が分からない僕らは右脳・左脳するしかない。
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ただ、注意してほしいのはこの手の話が単純ではないことだ。日本人は虫の音を楽しむからといって優れている訳でも何でもない。ただ、虫の音を聞き分けるというだけの話である。
日本語で動物や鳥の鳴き声は「鳴く」「啼く」とか「泣く」だけだが、英語ではざっと70位はあるといわれる。鳥だけ見ても、小鳥はsing,chirp,twitter、鴬や雲雀はwarble、鷹はscream、鵲(カササギ)はchatter、そして鸚鵡(オウム)はtalkするものである。
日本語が鳴き声文化に優っている訳ではない。
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いま、こうしてジャズのレコードを間きながら、この文章を書いているが、人によってはジャズがうるさいとしか映らないかもしれない。カラオケにしたって同じで歌っている本人はうまいと思っているかもしれないが、周囲には全く雑音でしかなかったりする。感性の合わないものは騒音でしかない。
音楽的感性は違うだろう、と良くいわれる。ヨーロッパと日本とアフリカでは違うと信じている。しかし、なだいなだも『民族という名の宗教』の中でいうように、ヨーロッパの民謡に日本の言葉をつけて全国の子供にそれを習わすと、いつの間にか共通の記憶となり、それを歌えばジーンとなる。それが何であれ、共通の価値観を持たせれば「同じ」日本人が出来上がる。『ビルマの竪琴』に出てくる「埴生の宿」がそうだろうし、「蝶々」だってドイツ民謡だし、「おたまじゃくしは蛙の子」だって「リパブリック賛歌」という賛美歌なのだが、忘れられ、日本人の心性の中に深く入り込んでいる。
こんなことは何も聴覚に対してだけでなく、視覚に対してもあることで、全く文化の違いによるものである。たとえば、虹の色を日本人は七色だと思っているが、欧米人は六色だと思っていたり、知らなかったりするし、太陽の色も日本人は赤、欧米人は黄色だと信じている。それに虹を見ると日本人は何か新鮮な、洗われたような気分になるが、マサイ族の人々には不吉な予兆に映るのだ。
これらは全て、私達が文化の乳を飲んで育った証拠なのである。
外国語を学んだり、異文化に触れたりすることは自分にもうひとつの新しい眼をもつことである。
【『信天翁』第12号 1985年3月】
注:
随分古い文章で「人類みな兄弟」といっていた笹川良一は亡くなってしまったし、ブッシュマンもニカウさんが来てからポピュラーになった。今では差別語となったのでコイサンマンと呼ばなければならない。
ダイアナ妃も当時書いていたような下品さが裏目に出たのか離婚した。チャールズとの折り合いの悪さの原因はダイアナの教養のなさだったという有力な噂もあるのだ。何しろ、チャールズはどこかの国で生卵を投げつけられても動ぜず、“I
like fried eggs better than a raw egg.”と言えるユーモアの持ち主なのだ。
ということはダイアナの離婚を予言したエッセーだったのである!
実はダイアナは親の離婚が原因とかで中高とも中退していて、保母もアルバイトだった。クラシックのコンサートでは眠ってしまうこともしばしばでチャールズとは興味がまるで一致しなかった。
しかし、ダイアナがあんな風な悲劇的な結末を迎えるとは思っていなかった。人生いたるところに大穴があるのだ。
角田説もその後本人の講演を聴いたことがあるが、今では知らない人がいないくらいになった。講演は理科系の学者らしいプレゼンテーションのあるものだった。
文中のフシチャ君は今やワルシャワ大学の教授になっていて日本語、韓国語、ベトナム語の入門書をポーランド語で出している。桜井隆さんも東大講師を経て明海大学の助教授になり、南アフリカなどで研究している。
ジャズをよく聞いていたのも懐かしい。
OCRソフトを使って昔の文章を取り出すのはまるで氷を溶かすような感じがする。ずっと冷凍されていた文章をもう一度解凍して味わったようである。でも、すごい間違いに気づかない。
なお、人類学者の川田順三は音文化論について、さまざまな発言をしている。『コトバ・言葉・ことば』(青土社)によれば、モシ族の人々は音を人の声か器官か動物の鳴き声かなど発音体による区別をせずに、「コエガ」(メッセージとしての音)と「ブーレ」(意味のない音)に分けているという。
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その後、日本人の脳についてMRIなどの最新器機が出てきて、見直されている。
右脳と左脳との左右差をもたらしていると見られるたんぱく質を2003年五月に九州大大学院の伊藤功・助教授らの研究チームがマウスを使った実験で見つけ出した。
左脳は言語処理や論理的な思考をつかさどり、右脳は直感的な状況把握に優れているが、なぜこうした違いが生まれるのかは、ほとんどわかっていない。研究チームは、神経細胞がほかの神経細胞から信号を受け取る時に、受け皿の役目を果たす細胞表面のたんぱく質(NR2B)に着目。海馬という部分を調べたところ、右脳と左脳では神経細胞にあるNR2Bの分布に明らかな違いがあった。
このたんぱく質は、記憶の形成に欠かせないと考えられており、分布の違いが左右の脳で記憶する情報の違いに結びついていると見られる。NR2Bたんぱく質が多い部分は、記憶が形成されやすい性質を持つことも確認できたが、言語処理、論理的思考などの様々な左右差を、NR2Bで説明できるのかは今後の研究課題だという。