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  藤原正彦の言葉 人間は論理に弱い

藤原正彦
(ふじわら・まさひこ)

1943年 旧満州新京生まれ
数学者、お茶の水女子大学教授。
専門は数論
78年、『若き数学者のアメリカ』を発表後
独自の随筆スタイルを確立し
『遥かなるケンブリッジ』『数学者の言葉では』
『父の威厳 数学者の意地』
『心は孤独な数学者』
『祖国とは国語』など、著書多数


数学者の藤原正彦さんが紹介していた話(父の威厳 数学者の意地)
ある心理学者が小学生を対象にテストを行った。「この試験は将来の学力の伸びを正確に
予測するものです」と担任教師に説明。試験後にこっそりと伸びる子供達の名前を教えた
担任も該当の生徒に、内緒でそのことを伝えた。一年後その生徒達は、ほかのこどもに比
べ著しい向上を示した。ところが、心理学者は適当に名前を選んで告げていたのだ。
他者に認められて励まされることが、どれほど子どもの成長に大切かを示す話だと思う。

数学者・藤原正彦の言葉
「アメリカ人が常に欲求不満でイライラしているのは、競争社会のなかで一生競争に晒されて生きているからでしょう。今のままでいけば、日本もアメリカ並みに精神科の医者にかかることが普通の社会になるのは目に見えています。確かにアメリカは素晴らしい国ですが、それは温暖な気候と広大な土地、そして豊富な資源によってもたらされたもので、決してアメリカ型の経済や政治システムが優れているからではありません。アメリカとロシアが政治体制を総入れ替えしても、恐らくアメリカは今と同じ豊かな国になっていたでしょう」
「日本にとって本当に必要なことはなにか。必要なのは初等教育における国語教育の充実です。国語をもっと徹底的に教えれば、読書好きな子どもが育ち、それによって教養や日本人ならではの情緒や郷愁、自然を愛する気持ちを育むことになる。それが結果として目先やカネやものの豊かさ以上に大切なものがある、という大局観を養い、心を豊かにしてくれると思うのです」「現在、もっともらしく語られている意見の多くは、直ちに論破できるようなまやかしばかりだ。『努力した人が報われる社会、やり直しのできる社会』などその典型です。やり直しができるといえば、言葉は美しいですし弱者をいたわる気持ちの表れのように聞こえますが、とんでもない。実力主義社会とは強者だけが勝ち続ける社会であり、弱者はいつまでたっても負け続けるしかない。あれは強者が永遠に勝ち続けることに対する批判をかわすためのリップサービス以外の何物でもありません」






☆『古風堂々数学者』(講談社刊)
新田次郎と藤原ていの次男である藤原正彦氏のエッセイ集である。いつも聞いているNHKの「私の本棚」で知った。1997年から2000年にかけて書かれたエッセイを集めたものである。「あとがき」によれば、この時期はバブル崩壊後景気が容易に回復せず、政治家や官僚が、長引く不況の真因の究明もしないまま、何かをしなければとの焦りから、成功の確信もなく手当たり次第に改革を重ねた時期である(今でもそうだと思う)。我が国に古くからあった慣行や価値観が、グローバリズムの名のもとに容赦なく切り捨てられ、経済、社会、教育が雪崩を打ってアメリカ化した時期でもある。このエッセイ集が悲憤慷慨調や憂国調のものが多いのは、この時期における筆者の危機感を表している。エッセイの中に教育論が多いのは、政治や経済が日本人の生活を変えるに止まるのに反し、教育は日本人そのもの、すなわち日本という国家の本質を変えてしまうと思ったからだという。この本を読めば、森首相のいう教育改革では上手く行かないことがすぐわかる。
なぜ、私がこのエッセイ集を取り上げたかというと、「ごまめのはぎしり」と思ったからである。私が言いたいことが、より分析深く、より優れた文章で書かれている。著名な数学者であるから「ごまめのはぎしり」というのは失礼である。もっと日本の政治・社会に影響力を行使していただくよう期待したい。
巻末に、「心に太陽を、唇に歌を」という書き下ろし原稿がある。筆者の小学生時代を綴ったものである。クラスのボスであった筆者が、先生や学友たちの間で巻き起こす事件とこれについての父母(新田次郎、藤原てい)の反応が生き生きと描かれており、笑ったり、涙をこぼしたりした。
私の「ごまめのつぶやき」に多少でも興味を持っていただいた方は、ぜひ本書を一読されるようお薦めする。ちなみに、私は新田次郎の愛読者であり、藤原ていの「降る星は生きている」を知っている。筆者の「若き数学者のアメリカ」も読んだことがある。( 2000年11月23日 )

「人間は論理に弱いんですね。
 例えば国際化の名の下に
 小学校から英語を教えようと言われると、
 一見筋が通っているから皆賛成する。
 情報化時代だから子供の頃からパソコンを教えましょう。
 これも筋が通っているから賛成する。
 でもこれは間違っています。
 人は論理に弱い。
 だから国民に政治をするのは無理なんです。
 政治はエリートがしなければならないんです」
「まず、文学、歴史、思想、芸術など
 役にも立たない教養を身につけていることです。
 役にたつものは情報と呼ばれます。
 教養はまったく役に立たないものです。
 ですが、こうした役にたたない教養を
 持っている人間だけが、
 圧倒的総合判断力を持つことができるんです」

「そしてもうひとつエリートに必要な資質は、
 いざというときに国民の為なら
 自分の命を捨てるだけの覚悟があるということです」
「じゃあ今の日本の官僚はというと、
 省庁の利益しか考えない、
 つまり自分の立身出世を求めるだけの
 人間ばかりになってます。
 これはもう『エリートなき民主主義国家の悲劇』です。
 論理にだまされることなく、
 道を選択していくことが大事なのに、
 情緒を身につけた真のエリートがいないんです」

「北朝鮮の反日攻撃にしても論は彼らなりに通っている。
 100年前に帝国主義を否定する人は居なかった。
 劣等民族のために優秀な民族が
 支配してあげるという理屈は、
 あのころはすばらしい論理だった。
 共産主義だって論理は通っていたんですよ」

「論理はあとになれば、ただの笑い話です」

「子供の頃友人が読んだ古典を自分が読んでないと
 恥ずかしくて言えなかったものです。
 でもいまはそんなことないでしょう。
 教養が衰退すると何がいけないのか。
 長期的視野が失われるんです。
 長期的視野は教養からしか生まれない。
 教養の衰退は文化の衰退につながっていく。
 テレビで教養を伝えられますか。
 テレビは情報は伝えられても、
 教養は伝えられないんです。
 教養は活字を追うことでしか得られないんです」

「日本は真のエリートをつくらなくなった。
 旧制高校は教養主義のメッカだったんですよ。
 それが戦後なくなってしまった。
 日本が2度と立ちあがって
 アメリカに立ち向かわないようにという
 アメリカの思惑があった。
 当時の教育を受けた人たちが、
 15年前に引退し始めた。
 そのころから日本はダメになってきてますよ。
 学者と学識経験者が最後の砦だったのに、
 それもここ10年危うくなってきている。
 テレビに出た学識経験者が何を言ったか
 検証してみればわかる。むちゃくちゃだ。
 特に教育学者とエコノミスト。
 自分が言ったことが間違っていることがわかっても、
 反省もない。
 自然科学からみると信じられない。
 恐るべき傲慢さだよね」

「学者自身も教養を亡くした。特に理系。
 文部省にひざまづいて、学問の自治も、誰も言わない。
 研究費をもらうために意地汚くなっている。
 他の省庁は力が落ちているのに、
 逆に文部省は力が強くなっているんですよ。
 国立大学も大学の自治について議論すらしない。
 ノーベル賞だって、あれは過去の人。
 過去の業績で今もらっているんですよ。
 小柴さんも旧制高校で育った人です」

「日本はあがいています。
 もう対症療法ではうまくいかない。
 GHQのやりたい通りになった。
 旧制高校で育った75歳以上はいいが、
 65歳以下はろくなのがいない。
 65歳から75歳はグレーだ。
 教育を立て直すしかないんです。
 例えばいじめをなくすには、
 『ひきょう』を教えるのが手っ取り早い。
 小学校でけんかを見て見ぬ振りをしたときに、
 ひきょうだと教えることもできる。
 『他人の不幸への敏感さ』は
 貧困から学ぶことができる。
 僕らの子供の頃、クラスには必ずひとりふたり、
 弁当を持って来られなくて、
 お昼になると外に出てしまう子供がいた。
 そういうところから
 他人の不幸への敏感さを学んでいけた。
 だが、いまはきれいごとばかり。
 日本の教育学者もアメリカが失敗したことを
 遅れていま日本でやっている。
 教育界はまったく荒れ果てています」

「初等教育の国語なんです。
 いまは実質3〜4時間。
 これをもっと増やすことです。繰り返しますが、
 情緒は活字を追うことでついていきます。
 読書をすることで教養も自然に身についていきます。
 『もののあはれ』『貧困への思いやり』
 『美的感受性』などです。
 その人たちがいい親になり、いい先生になる。
 そうすれば変わっていきます。
 孫の世代で立て直せます」

「例えばアジアは親孝行の意識がある。
 だがアングロサクソンには薄い。
 日本的情緒を身につける。
 それは国際人になることでもある。
 国際人とは英語の力ではないんです。
 グローバリズムと言うが、
 21世紀はローカリズムの時代です。
 すぐ世界を便利にと言うが便利にしてはいけないんです。
 その地域地域の文化を残していくことこそ必要です」

「グローバリスムはアメリカの国益になるから
 アメリカは主張しているんです。
 グローバリズムにのせられて、
 日本はアメリカにしてやられた。
 例えばアングロサクソンは
 顔色ひとつ変えずに人を殺せるが、
 ラテンは泣きながら人を殺す。
 ラテンの方が人間らしいとも言えるが、
 敵にしてはいけないのはアングロサクソンです。
 彼らは相手をやっつけるのに、
 100年計画すらたてるほどです」

「歴史はその時になると、
 ひとつしか選択肢がなくなる。日米開戦も、
 私が首相だったとしても宣戦布告したと思う。
 石油を止められ、アメリカ国内の資産を凍結までされた。
 ここまでくると攻め込むしかなくなる。
 負けることがわかっていてもです。
 そうなっちゃいけないということです。
 だから前もってちゃんとしておかなければならない。
 問題は真のエリートがいないことです」

「大きなグランドデザインを首相は描くべきです。
 側近と数人しか知らなくてもいい。
 たとえばアメリカは将来日本を見捨てる可能性がある。
 アメリカは歴史的に見て親中国。
 20年〜30年後には日本にとって敵は中国かもしれない。
 そうすると北朝鮮と韓国は味方。
 金正日政権は倒れてもいいが、
 北朝鮮の国民は敵に回さないほうがいい。
 未来の味方なのだから。
 またインドは核を持っているから、
 日本がインドと仲良くすると中国はやりにくいだろう。
 仲良くとは軍事でなくてもいい、
 文化でもなんでもいいんです。
 イギリスはこうした戦略をたてて
 周辺の国とつき合って来た」

「日本とイギリスはよく似てるんですね。
 イギリスはヨーロッパのまま子。
 ヨーロッパでありながら、ヨーロッパじゃない。
 日本もアジアのまま子。アジアでありながら、
 周りも自分もアジアの意識が薄い。
 ふたつの国ともに中途半端。
 かつての日英同盟はすばらしい同盟だった。
 当時はアメリカの陰謀で解消せざるを得なかった。
 似たもの同士、日英同盟を結ぶのもいいかもしれません。
 軍事ではなく、文化や経済でもいい」

「日本人には独創性があります。
 特に文学と数学です。
 もし数学にノーベル賞があったら、
 20以上はとれていたと思いますよ。
 少なく見積もっても10は堅いでしょう。
 文学と数学は特に美的感受性が必要なんです。
 日本人にはそれがある。
 自然への繊細な情緒を持っているんです」






数学者の藤原正彦さんの文章です。
数学は情緒力の、国語教育は考える力の養成に役立つ、が持論です。
『論理的思考が万全でないのは、この世の中に論理的に正しいことがごろごろあるからである。ユダヤ人虐殺のナチスにも論理はある。問題は、いくらもある正しい論理の中から、どの論理を選ぶかである。通常、この選択は情緒によってなされる。・・・この情緒は、その人のそれまでの人生と深い関わりをもつ。ありとあらゆる体験がこの情緒を形成している。情緒の十分に発達していない人は、正しい出発点を選べないことになる。・・・情緒とは、喜怒哀楽などの一次的情緒だけでなく、友情、勇気、愛国心、正義感など、さらにはより高次なものまで含んでいる。多様な情緒の中でとりわけ重要なものは、他人の不幸に対する敏感さ、なつかしさ、の二つである。・・・印象に残る悲しみというものは、ほとんど常に何らかの形で別れと関わっている。別れの悲しみは深層において、人生が有限であることに連なっている。・・・人間情緒の中枢には、死の意識があると思う。上にあげた二つの情緒は、ともにこの中枢近くに位置する。・・・教育の荒廃が人心の荒廃であり、日本人の情緒力は、着実に低下しているようなのである。・・・教育改革で本質的に重要なのは、情緒力の向上であろう。』

 




藤 原 正 彦
(お茶の水女子大学教授)
 教育改革においてもっとも大切なことは、「不易」に充分の配慮をすることと考えます。これを怠り、その時々の流行に目を奪われていると、教育は時流に翻弄されることになります。人間の本質は時代とともにさほど変らないものですから、その結果、人間自身が時流に翻弄されることになります。
 現在、国際化、情報化、グルーバル化・・・など様々な時流がありますが、少なくとも初等教育においては、その影響を極力排し、「不易」に徹すべきと考えます。
 具体的には、時間数において大正時代の三分の一程度となった国語を飛躍的に充実し、国語を通して言語能力、論理的思考力、日本人としてのアイデンティティーなどをしっかり教えることが肝要と考えます。
 また国語を通して、勇気、正義感、誠実、慈愛、惻隠、忍耐、愛国心、美しいものに感動する力、もののあはれなどの情緒、さらには礼節、孝行、卑怯を憎む心などの「形」を教えることも望まれます。
 これらの情緒や形は、わが国に古くよりあったものですが、戦後になってほとんどが捨てられてしまいました。これらのうちのいくつかはとかくローカルなものと思われがちですが、私の長い海外生活から申しますと、実は国際的にも間違いなく高く評価されるものであります。これらを核としてもつことは、世界の人々に尊敬されるような日本人になるためにも、情報化の奔流に溺れない人間になるためにも、もっとも大切な条件と考えられます。
 教育において対症療法が有効であったためしはほとんどありません。最近の教育改革において、国際化だから英語を小学校で、情報化だからパソコンを小学校で、というような短絡的思考による対症療法が見られることは遺憾であります。
 わが国の荒廃を正すための即効薬はありません。結局は教育を再建する以外にありません。なかんずく初等教育は最重要であり、この段階で「不易」を叩き込むことが基本と考えます。この子ども達がやがて大人となった時に、はじめて家庭教育力がよみがえり、学校教育とあいまって、理想的な態勢が整うのです。
 成果は数十年後となりますが、数十年をかけて落ちてきた国民を建て直すには、そうする以外にないことも確かと私には思われるのです。
 教育改革国民会議では、時流や国情の異なる他国の動向に惑わされることなく、堂々と「不易」を尊重していただきたく、お願い申し上げます。

一番最初に初等教育の国語を建て直さなければならない

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