【新春に聞く】お茶の水女子大学・藤原正彦教授
「国家の品格」とはなにか
FujiSankei Business i. 2006/1/1
■活字文化の復興を
−−藤原教授の著作「国家の品格」がベストセラーになっている。どう、ご覧になっていますか
「国民のなかに、なんかおかしいぞという気持ちがあるのではないでしょうか。政府は市場経済、市場経済と唱えて改革を進めていますが、社会全体がなんかおかしいぞと。そのことが、本が売れている理由ではないでしょうか」
−−具体的には
「たとえば、地方分権。これが実現されれば夢のような世界が待っているかのよういっているが、しかし、違うのではないかと思っている。耐震強度偽装問題も、建築のすべての世界にわたっている可能性があるし、金融の世界も同じ。要するに、政治家も官僚も財界も学界までも含めて今、史上最低の状態にある。人間としてね」
−−手厳しいですね
「一番悪いのは、ある意味で国民です。たとえば、一連の株買い占め問題で国民はIT企業家らを時代の寵児であるかのように支持した。しかし、彼らはヒーローでもなんでもない。『カネでできないことはない』などとうそぶく人間をもてはやすような風潮は、金銭至上主義の蔓延(まんえん)の結果で、市場経済万能の悪い面が出ているとしか思えない。勝ち組、負け組に分けて、何でも勝ち組にのるという、そういう世の中です」
−−企業は誰のものか、が議論になりました
「従業員のものに決まっています。一週間、一カ月、一年、極端な場合、朝買って夕方には売るのが株主。企業に対する愛情など何もない人たちですよ。単にキャピタルゲイン(売買益)を狙っているだけ。それが、どうして企業は株主のもの−などといえるでしょう」
−米国式の企業経営がもてはやされています
「それは、世界のスタンダードなどではない。日本にも日本式の資本主義があって、実は日本型の資本主義は、世界で最も優れたものだったのです。一九八〇年代は、日本の独り勝ちですよ。そのときのことを日本人は忘れている」
−−たしかに、日本の企業活力の源泉だった年功序列型経営や終身雇用制度は、世界のだれにもまねのできないすばらしいものでした
≪行き過ぎた緩和≫
「それが、バブル経済が崩壊した程度で狼狽してしまい、アングロサクソン型に変えようとした。新会計基準の導入や株主中心主義、四月からの自社株で他社の株を取得できるようにする制度だってそうです。いわば、『会社は株主のもの』などという、ひと昔前の遅れた資本主義を採用しているわけです。これは何もかも行き過ぎた規制緩和の結果。いまや日本の力の源泉である国柄というものを失いかけているのです」
−−国家の品格とは、つまり国民一人ひとりの品格・品性のこと。どこに根源的な問題があるのでしょう
「政府がお先棒を担ぐ形で、日本の国柄を壊しているわけですが、なにも政府だけが独走しているわけではない。昨年九月の総選挙でわかったように、国民は小泉純一郎首相を圧倒的に支持しているわけです。ある意味では、国民が日本を滅ぼしつつある。なんでそうなったかというと、その根源にあるのが、祖国に対する誇りと自信を失ってしまったということです。たとえば、いまの多くの学生は『日本は恥ずかしい国だ。侵略ばかりして』などと平気で言っている。そういうふうに学校で習ってきたのです。学生ばかりではありません。その親や先生だってみんな同じです。この国には何一つ誇るべきものがない、自信がない。そうなると、他国のことをまねしようとする」
−−それが米国式のやり方となる
「ええ。ところが、米国と日本は一蓮托生ではない。たしかに、軍事外交上、日米は最大の盟友だが、経済の面で米国は最大のライバルなんです。そこが悩ましいところで、米国は日本に対し、『経済では最大の敵だ』とみなしているのに、日本だけが区別できないでいる。軍事外交上の最大の盟友だから経済でも味方だ、と考えるのが間違いなのです。味方だからといって、日本は米国の経済上の要求を全部受け入れてしまった。昨年は株価がかなり上昇したが、それなのになぜ円安になるのか。いまの経済は現物でなくて先物。未来が経済を決めており、素人が手を出せるような状態でないのです。それでも、誰かが出てきて、きちっとやれば経済はある程度よくなるかもしれない。だが、それだけのことで日本人の魂が変わるわけではありません」
−−なぜ、日本人は誇りと自信をなくしてしまったのでしょう
「戦後のGHQの目的が、日本が再び立ち上がり米国に歯向かわないようにする、ということだったからです。戦前の文化や伝統、歴史をすべて否定し、『人間みんな平等にする』という方針のもと、エリートを外して庶民だけにしてしまった。庶民だけで国はリードできませんよ。それだけでなく、当時、ソ連・モスクワのコミンテルン(共産主義の国際組織、第三インターナショナル)の指導を受けていた日教組が、その指示通りに動いて同じようなことをしました。日本の教育は、米ソに完全にやられてしまったわけです。終戦から六十年。一つの国家を滅ぼすのに武力は要らない。教育を壊しておけば、あとは寝ながら、熟した柿が落ちるのを待てばいいというわけです。まさにいまの日本はそういう状態です」
−−日本人が立ち直るにはどうすれば?
≪教える人いない≫
「もう手遅れかもしれませんね。結局は子供たちに託すしかないのですが、そんなに大きな期待もかけられない。子供にとって教育は非常に重要なのに、先生や親が総崩れの状態で、教える人がいないからです。できるだけ早く、子供たちによい教育を与えることができれば、二十−三十年後には彼らが大人になり、いまの状況が変わってきます。そうすれば、われわれの孫の世代が日本を再生してくれるはず。日本人は非常に優秀な民族ですからね。とにかく、いますぐ取り組まないと、ひ孫の世代まで日本再生を待たなければならなくなります」
−−いまの日本人は、先人に学ばなければならない日本の貴重な制度や伝統の多くを失いかけているようです。どうすれば取り戻せるでしょう
「一番手っ取り早いのは、家庭では子供にテレビ視聴を制限することです。たとえば、一日二時間に制限すれば、親も当然そうなる。空いた時間に本を読むとか、親子で話をするとか、ただボーっとしているだけでもいい。なかでも、いい本を与えることですね。非常に長い道のりですが、活字文化の復興以外にはないんです。ですから、初等教育では一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数が重要だと申し上げている。なぜ国語が重要かといえば、初等教育で一番大切なのは、自ら本に手を伸ばす子供を育てることなんです。本さえ読んでいれば、あとは学校へ行かなくてもいいくらい。自然に直感的な物の見方とか大局観ができてくるのです」
−−子供たちの教育に日本再生を託し、そのために活字文化を再生させていけば、日本はいまの状態から抜けだせる、と
≪武士道精神大切に≫
「その通りです。もう一つは、日本の宝物である『情緒と形』。形をきちんとたたき込むということです。ほとんどの形は武士道精神からきています。忍耐とか、誠実とか、勇気も、正義も、そして惻隠、卑怯(ひきょう)を憎む心。それから名誉と恥も。こういう武士道精神をきちんとたたき込むことですね。大切なのは、こうしたことを子供に教える際には、説明するのではなく、問答無用でいくことです」
−−読書することの重要さを再三強調されていますが、ビジネスマンに薦める本を三冊挙げてください
「まず、私の『国家の品格』、二冊目は新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)さんの『武士道』ですね。それに戦没学生の手記集『きけわだつみの声』ですかね。この本を読んだら、学徒出陣兵がどんな気持ちで国家に殉じていったか、日本の平和と繁栄をどれだけ願って逝ったかが、よく分かります。彼らがいまの日本の現状を知ったら嘆くでしょうね」
(聞き手 編集局長・平田篤州(あつくに))
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