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いじめの根本原因
(2000年6月5日)
わたしには「人間を幸福にしない日本というシステム」(この題名は最近の私にはしっくりこないので英語の原題どおり「政治化された社会における偽りの現実」と呼びたいのだが)の中に、理解できそうでできない文章があった。
「なにかやっかいな事件が起こり、日本の根源的問題について「国民的議論」が巻き起こったとき、そこから生まれた議論は、新聞によって、官僚を困らせないような形に濾過される。「イジメ」問題も、そうした多くの事例の一つだった。新聞「世論」のおかげで文部省は窮地を脱し、子育てのまずさをそれとなく非難されたのは、もっぱら親のほうであった。」(p303)
ここでは、なぜ「イジメ」問題の原因が文部省にあるのか記述されておらず、時期を逸してこの本を読んだ私には、ここに記された内容が十分理解できなかった。
これに対する、おぼろげな答えは「バイリンガル・ファミリー」にも記されていた。自由を取り上げながら、その代償として子どもの才能を伸ばすことをしない文部省は、日本の学校に子どもを通わせようとする外国人から、非難を浴びることになった。しかし、ここでも、なにがそのような非難を浴びる対象なのか、私には、十分な理解ができなかった。
そして、ウォルフレンの言葉をはじめて読んでから、4ヶ月がすぎた今、私は「お辞儀の秘密」を見つけた。今読んでも、反感さえ感じるこの本は、しかし、そこから、日本の教育がアメリカ人にはどのように映るのかを記した箇所だけを抽出してみた私に、次第に事の大きさを思い知らせてきた。
運動会、家庭訪問、社会見学、掃除、給食、部活動。この本には、当たり前の日本人なら当たり前に受け入れてきた学校での行事や規則が、実は、他の国々に生まれた子供たちと同じように、自分の才能を伸ばし、生き生きと生きる権利をもって生まれてきた日本の子供たちを、自分の感情を出来るだけ殺し、理不尽でも権力のあるものに従い、集団のために自分を捨てることを教えるために利用されていることが指摘されている。
そして、当然、そのような”日本式教育”に従うことは人間としての尊厳を奪い、歪められたエネルギーがイジメへと向かっているのだという、構図が私の中で成り立った。そう、他の国の人々と何ら変わらない日本人を会社のために家庭を犠牲にするのも省みない日本人にするために文部省はせっせとカリキュラム以外の部分での教育を現場に押し付けてきたのである。そしてその結果、小中学校における校内暴力、イジメ、不登校、学級崩壊を生み出してきたのである。
*
自分なりに行動することで、日本に市民がいないことを実感し、目からうろこを落とした私は、「お辞儀の秘密」によって、私たちの受けた教育が間違った教育であったことを知ることになり、再び目からうろこが落ちる経験をした。そして、私は、この文章を読んでいるあなたに話し掛ける
あなたにも、同じ経験をして欲しい。それは、あなたの人生を変えるはずだ。そして、そんなもの嘘だというあなたにはこう言いたい。
「多国籍東京人」で、ソ連から独立して間もないエストニア出身の高校生でさえも日本の教育は間違っていると指摘するのを、どう考えるか、と。
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