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合理主義と合理性(合理主義と合理的とは違う

−日本再生の条件とは−

−日露戦争からバブル崩壊まで(司馬遼太郎再読)−

明治学院大学 教授 大平 浩二

1.はじめに  

司馬遼太郎が『坂の上の雲』の中でおおよそ次のようなことを言っている。

「明治維新以来、日本に入ってきた近代合理主義の精神が大きく転換したのが日露戦争を境としてであった・・・日露戦争をきっかけとして近代(西欧)合理主義が後退し、偏狭な精神主義 が前面に出てくることとなった・・・日本(人)はこの精神主義でもってその後の太平洋戦争も闘うことになる・・・」 

この太平洋戦争は、戦略的にも現実においても日本の大敗に終わることになるが、もっともその一方で日本は、“ゼロ戦”や“戦艦大和”といった世界的に一流の技術も持っていた。

さらに時代は移って、最近日産自動車がフランスのルノー資本の軍門に下りグローバルな自動車再編に呑み込まれた時、当時の副社長が「それでも日産の技術は世界的にトップレベルだ」とも語っている。

一流の技術戦略の失敗

この二つの構造は、この100年の日本が抱える構造的ねじれ を端的に示している。技術的優位性を戦略的優位性にまで昇華できない真因はどこにあるのであろうか。 

筆者がここで問おうとしているのは、日露戦争からバブル崩壊に至るまでの日本(人)の失敗の基層、すなわち合理主義精神の欠如である。

そこで、本稿では “合理主義と合理性”をキーワードに、日本と日本経済(企業)の失敗の基層を探り、その再生を模索することとしたい。

2.日露戦争と乃木希典  

  東京赤坂にある乃木神社は、いうまでもなく乃木希典を祭った神社である。

その意味を素直に解釈すると、乃木希典は神になったということになる。

どのような理由で乃木は神になったのか?  

「近代要塞の攻撃についての知識も見識もまったくなく・・・何度も休職になっているいわば近代陸軍の中枢から離れていた」

乃木が司令官に、そして「能力も協調性もひくい人物」であった伊地知幸介が参謀長に選ばれた経緯は、彼らが長州と薩摩の出身であった、ということに尽きる。

要するに“閥バランス型人事“の典型であった。 

旅順攻撃では、勝利した日本の戦死者が、負けたロシアの戦死者よりも多かったという近代戦争ではあり得ない事実をほとんどの国民は知らなかった。

また(それを知っていたであろう)マスコミや知識人も、あえてそれを糺(ただ)さなかった。 

そして司馬は言う。

「国民は何事も知らされず、むしろ日本が神秘的な強国であるということを教えられるのみであり、小学校教育によってそのように信じさせられた世代が、やがては昭和陸軍の幹部になり、・・・昭和日本の運命をとほうもない方角へひきずってゆくのである。」 

伊地知は男爵となり、乃木は神様となった。

3. 太平洋戦争からバブルの崩壊まで

  「昭和日本の運命をとほうもない方角」へ引きずった最悪の結果は、いうまでもなく太平洋戦争であった。

ここに至るプロセスにおいて、なんと多くの“乃木・伊地知モデル”が量産されたことか。

しかし、ことの本質は“乃木・伊地知モデル”の多少にあるのではなく、そうしたタイプを生み出した制度とその制度を生み出し温存した背後の精神 にある。 

日露戦争から太平洋戦争に至るこの精神の特徴は、頑迷なまでの事実無視と閉鎖的精神性にある。

これは、 “自己完結的論理”(しかしその組織内部においてのみ論理は一貫している)に導かれた自閉症的精神ともいえる。 

しかるに太平洋戦争当時、アメリカは徹底したデータと確率論に基づき、日本の戦闘機を撃墜するためのモデルを開発した。

今で言うORがそれである。

また、墜落したゼロ戦を徹底的に分析し、その弱点を完全に解明した。

このプロセスにおけるアメリカの態度は徹底したオープンマインドの実証主義であり、そこには複数の意見を戦わせる精神 が息づいていた。 

これら両者の違いは、つまるところ前者は外部の批判を受け入れない自己満足的閉鎖系における相互批判の不可能な制度(組織)であり、後者は、内・外部との批判的検討に晒(さら)されているオープンな制度(組織)、という点にある。

さらに重要なことは、そうした自己完結主義は昭和20年で終わったわけではない、という事実である。

例えば、バブル経済とその崩壊という現象も、上に述べた歴史的事実とは、50数年の隔たりがあるにもかかわらず、実は同じ根をもっている。

ということは、この根は少なくとも明治38年に遡る。  

なぜバブルが崩壊したのか、そしてなぜ失われた10年となってしまったのか、についてもこの視点から考えてみる必要がある。

80年代後半のバブル絶頂期に、銀座の土地1坪が4、000万円で売買された、という話がある。

これに類する話は枚挙にいとまがない。

この時の売買の経緯として想定されるのは、買い手企業の担当者が企画案を作成し、それを然るべきレベルに上げて審議し、ゴーサインが出て購入というプロセスであろう。

問題は、そこでどのような議論がなされたのか、である。

ここが一番重要な点であって、その多くは、一見するともっともらしい投資回収予測や同業他社もやっているからという理由で決定された場合が多いのではないか?

このプロセスにおいては、データの正確な分析と当該案件についての十分かつ多方面からの議論が行われたとは思われない。

否、正確で冷静な議論は顧みられなかったのであろう。こうした意思決定のプロセスは、上に述べた“閥バランス型人事“のプロセスと基層を同じくする。 

もう一つの例と比較してみよう。

よく知られているように90年代半ばに、日本企業の不良債権処理の中で、欧米の投資家が日本の不良債権を簿価の1割から2割で購入した。

この決定は経験科学的な投資理論に基づいたものであり、少なくとも前述の日本企業よりははるかに正確で現実的な決定であった。

正確で現実的な投資理論とは、現実に対する説明・予測力もった理論という意味であり、具体的な回収計画に基づいた投資理論である。

この二つの例を比較してみると、そこにある基本的な違いは、投資案についてどこまで現実に即して議論したのか、という議論のプロセスの違いであることがわかる。

前者は“もっともらしい”議論であり、後者は徹底した誤り排除と現実思考に裏付けられたそれである。この違いはわれわれの普段の思考を決定している体質とかかわっている。

司馬のいう「精神の大きな転換」はこの体質転換に他ならない。

4.合理主義と合理性

  そして、こうした後者に見られる自分の考えを批判に晒(さら)しながら、よりよい解決に向かう態度を「合理主義(rationalism)」という

日本において誤解され、そして決定的に不足しているのがこれである。もっとも、合理主義と間違いやすいのが“合理(rational)”ということばである。

合理、という意味は経済合理的というように、例えば経済的という形容詞をつけて用いられる。

すなわち合理の前に何らかの基準がすでに設定されている。

経済合理の場合には、最小のコストで最大の効果、というようにすでに前提となる目的ないし枠組みが決まっているのである。

このように枠組みが決定されている場合には、日本人は大いに能力を発揮する

前の戦争の例で言えば、ゼロ戦や戦艦大和の製造であり、現在におけるその典型の一つは自動車生産であろう。

藤本隆弘氏の言う「もの造りの現場における能力構築競争と深層の競争力」もこれである。

しかし、同氏も認めているように、組織全体の戦略能力である「表層の競争力」については日本企業の優位性は低いし、なぜそうなのかについては同氏も含めて今までほとんど解明されていない。

自動車1台の品質においては、日産車がルノーを上回っているはずであるのに(深層の競争力)、組織全体の経営戦略において日産はルノーの軍門に下った(表層の競争力)、という事実を私たちはもっと深刻に受け止めるべきである。

換言すれば、日本は合理的努力によって得られた利益を合理主義の欠如 によって、ずいぶんと失っているのである。 

そして、この表層の競争力の基層にあるのが上に触れた合理主義の思考なのである。

5.合理主義の復活

−日本経済の再生に向けて  

  歴史を紐(ひも)解いて見ると、合理主義の度合いが高い組織(社会)ほどそうでない組織(社会)よりもより健全で強い 組織となっている。 

では、この合理主義はどのようにして実現可能であるのか?

その一番簡単な(?)方法は、まずもって近代合理主義の精神をもう一度学びなおすことである。

その源流は18世紀の啓蒙思想に遡るが、それはひとまず措くとしよう。

合理主義の基本的態度は、誤りから学ぶ姿勢であり、誤りをオープンにする態度である

この精神は「論理実証主義」や「批判的合理主義」といった近代合理主義哲学に受け継がれているが、それについては紙面の関係もあり別の機会に譲りたい。 

上に述べた投資の例で言えば、投資案の議論において、その案件がどこまで誤る可能性が大きいか、がその案件の現実妥当性と比例する、という考えである。

実は、現実的な理論や考えほど、間違う可能性が大きいのである。

これは一見逆説的に見えるが実はそうではない。

われわれが懸命に努力し、熟慮計算した成果は、そうであればあるほど誤り易くなる。そうでない考えは、はじめから間違わないように作られている。

なぜか?

それは、われわれが意識・無意識の内に、自己防衛に陥っているからであり、そのために、はじめから間違わない案件を提示しているだけなのである。

こうした体質は、無責任体質と同体である。

典型的な例は、前例主義や集団主義であり、これは仮に間違っても、前例や皆の意見に従っただけ、という理由で責任を逃れようとしているだけに過ぎない。

これではなんらの新しい試みは生み出されないし、人も組織も激変する環境に対応しえない。

変化する環境に対応するには、誤りうることを前提としなければならない。

否、神ならぬ人間の決定はもともと誤るものであり、それを考慮しない考えそのものが現実的ではない。

従って、誤りを認めつつそれを修正しながら進歩するには、そのような組織や制度が確立されていなくてはならない。

そのためには、組織のトップ自らが合理主義を理解し、合理主義を具現化する制度作りを行わなければならない。

わが国においても、そうした組織がないわけではない。

徹底したオープン組織を構築し、自由と自己責任を標榜する「ミスミ」がそれである。 

いずれにせよ、こうした思考は短期間で養成しうるものではない。

現実的には、小学校からの学校教育において着実に行われるべきであろうし、企業等の組織において、不断の努力が必要でもある。

そうすることによって、批判的議論に対する免疫が身についてくるのである。

日本人の議論が建設的批判に乏しく、ややもすれば感情論に溺れるのはそうした訓練の欠如であり、これはわれわれにとって、大いに不幸なことといわねばならない。

権威や形式から脱却し、事実をベースとする思考と意思決定・・・これはおそらく明治維新以前の日本人にもあったに違いない。

その意味では、近代合理主義は決して日本人の体質と決定的に相容れないものではないだろう。

*本文中の引用は司馬遼太郎の前掲同書『第八巻』(文春文庫)からのものです。

大平 浩二の文章)

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